天使の鎮魂歌
3話 はじめまして
いじめられっ子の零は、自殺をするため、使われていない廃墟ビルの屋上にいる。
死を前にして怖くなった零がであったのは、一人の男。
その男も、どこか不思議な雰囲気で…。
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地雷要素
虐待 親近相姦 いじめ 横恋慕
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はじめまして、僕レイって言います。
一に紹介してもらいました。
体がうずいて仕方なくて。
今晩、どうでしょう。
薄暗い部屋で、携帯画面を見つめる。扉の前では、一が送信ボタンを押すまで監視するように僕を見つめている。僕は胸のもやもやを払拭するように、送信ボタンを押した。その画面をはじめに見せる。
「……。うんうん、偉いね。ちゃんと送れたんだね。」
画面を確認したはじめはにっこりと笑って零の頭をなで返す。零は胸にわだかまりを残したまま、その手を享受する。
「う、うん、ああ、ありがとう・・・。」
そうしていると、携帯が通知を知らせる。
From 0*0********
To 自分
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初めまして。
ここでどうかな。
添付文書あり
地図が添付されたそのメールは、今しがた、零がメールを送った相手であった。
「ん、さっそく返信だね。その人、ショタコンだからさ、制服のままの零とヤりたいんだってさ。」
よかったね。なんて笑いかけてくるはじめに、零は無理やり笑顔を作る。
「う、う、うん・・・。そうだね・・・。」
ひきつる笑顔を浮かべる零を、はじめは目を細めて見つめた。
「い、いってきます・・・。」
そう言って、零は立ち上がるとスクールバックと携帯、財布を持ってオズオズと部屋を出ていく。自室から出たら窓から夕陽が差し込んでいる。学校帰り、そのまま一にメールを送るように指示されて、それからまだ時間はそう経っていないというのに、外の景色は驚くほどに代わっていた。
学ラン姿の零が、外を出歩いていても道行く人は気に留めない。ラブホ街に行けば人足も減るし、仲間意識で誰も声はかけてこない。指定された建物の指定された部屋までトボトボと歩いて向かう。
思い出すのは、先日出会った天使のようなあの人だ。汚らわしく汚れた体を大事なもののように扱った、あの人だ。
今日会うのが、あの人なら、良かったのに。
そう思いながら、零は指定された場所にたどり着き、ノックをする。
「やあ、待っていたよ。」
ドアを開けた見知らぬ男の表情は、とても見慣れたものだった。部屋に入ると、零は無理やり笑顔を作り、「きょ、きょ、今日は、よろしくお願いします。」と声をかけ、促されるまま部屋へ入っていくのだった。
男との行為は、夢のようだった昨晩の彼とは打って変わり普段通りのものだった。男が気を遣えど、男本位のものであったのは間違いなく、零はひたすら気持ち悪さに耐える時間になった。それでも体は素直に快感を拾い続けた。みっともなく快感にあえぎながらも、昨日の天使と見紛うような男との行為に思いを寄せていた。
行為が終わった後、零は一人、風呂場で後処理をしている。疲れた体に鞭を打ちひたすら自分の体をきれいにする時間は零にとって苦痛な時間であった。愛のない行為は零の精神を確実にむしばんでいく。
「じゃあ、お疲れ様。気持ちよかったし、これがお代金だよ。」と男から手渡されるのはいつもの金額。一が伝えているのであろう金額はとても安く、独り立ちするには心もとなく、すぐに生活で使い切ってしまう。時間をかけてでも少しずつ貯金できれば、独り立ちをしたいと考えていた。昨日の分をすべてもらっていれば、独り立ちもすぐそこだったかもしれないな。そう考えながら、ぼんやりとした思考で差し出されたお金を受け取る。
「あ、あ、ありがとうございます。」
と伝えながら両手でそれを受け取って帰り支度をする零に、男が背後から抱き着いてくる。
「ねえ、これっきりとか言わないでさ、これからもよろしくしないかい?」
耳元でいきなり声を掛けられ、驚いた零は飛び上がる。
「あ、あ、それは、はじめに…、ぼ、僕は、け、け、決定権、な、ないから・・・。」
それだけ言うと、零は急いで荷物を持って家から飛び出た。
あれから飛び出した零は、気づけば昨日の廃墟の前にたどり着いていた。いまだにドキドキする気持ちでぼんやりと立ち尽くし、いまだ体が震えている。
「ど、どうしよう、逃げて来ちゃった…。で、でも、はじめだっていつも無駄話するなっていうし、良いよね。…それより、早く帰らないと、叱られちゃう...。」
そう思いながらも、昨日の男と比べてしまって男の言動に嫌悪感が生まれてしまった。あんな失礼な態度をとって、弟の気に障らなければいいのだが。気が気でない思いを抱え悶々としていると、肩を後ろからたたかれた。
「ひっ!」
零が慌てて振り返ると、無表情に一が立っていた。
「兄さん。どうしてこんなところにいるの?終わったならまっすぐ帰ってこないと。また変な人に捕まりでもしたら、大変なのは兄さんでしょ?」
「あ、は、はじめ。ご、ごめん。知らない間にここまで走ってきちゃって。」
言い訳じみた零の言葉に一は目を細めじっと見つめている。じっと見つめられて居心地の悪い零はおびえたように「はじめ…?」と声をかける。
「…。ううん。何でもないよ、兄さん。さっさと家に帰ろう。こんなところにいると危ないよ。噂知らないの?ここには不良とか不審者とかいっぱいいるんだから。」
そういって一は零の腕をつかむ。あまりにも強い力に零は顔をしかめたが何も言わずに俯く。
「あれ、昨日の子じゃない?」
ふいに後ろから声がかかる。一とは反対の腕をつかまれ驚き振り返ると昨日の男がいる。
「あ、て、天使…様…。」
捕まれた腕の先を見つめ、零がつぶやく。視線の先にいたのは昨日であった男であった。
「また来てくれたの?うれしいなぁ。」そう、本当にうれしそうに笑うと一へ視線を向ける。
「あれ、そちらの子は?」
穏やかな笑みを浮かべながら一を見つめる男。
「え、えっと。誰でしょう?兄さんに何か用ですか?」
零の腕をつかむ一の手に、さらに力がこもる。
「い、ぃた…。」
「君はもしかして弟さん?昨日はお世話になりました。」
と男はにこやかに話す。その視線に一は少しのいら立ちを感じて強張る表情で見つめ返す。
「どこかで、関わりましたっけ。」
そう一がふてぶてしく言うと、男はきょとんとした顔で一を見つめる。その後納得したかのような表情になると、「なんだ、勘違いだったかな。」と話す。
零はなぜ男がここにいるのか気になって仕方がない。なぜ弟と面識があるように感じたかも気になる。零は頭の中でぐるぐると自問自答を繰り返した。男はにこにこと一に絶えず話しかけている。「年はいくつ?」やら「趣味は?」やら、「二人はどんな関係なの?」やら、挙句には「気持ちいいことには興味はない?」と声をかける。一は最初こそ警戒していたが次第に心を開き話し始める。自問自答の渦から帰ってきた零には、ひどく自分が邪魔なものに思えて仕方がなかった。
「は、はじめ。僕、先に家に帰ってるね。」
そう声をかけると家へと足を向けた。そんな零を止める声はなかった。、自宅に戻ると、玄関の電灯も点いておらず中は静まり返っている。なるべく誰にも気づかれないように、静かに家に入る。
かちゃり…。
そうドアが閉まる音が響くと、二階の部屋から、がちゃっ、とドアの音がして足音が階段を降りてくる。
「兄ちゃん。昨日はどこに行ってたの?心配したんだよ?何度もメッセージも送ったのに。」
そう猫なで声で悲し気な顔をする弟、一(はじめ)が零へ話しかけてくる。
「あ…は、はじめ…ご、ごめんね。ちょっと、し、知り合い…の、人、の、家に、とまったから…。め、メッセージは気づかなくて…。」
そう俯きがちにはじめへ返答する。その言葉を聞いて、「へぇ、気づかなかった…。ねぇ…。」と少し低い声ではじめが返答する。はじめは細めた瞳で零を見つめ考える、この男は嘘がへたくそだ。嘘をつくとすぐにわかるだろう。はじめは踵を返すと静かにリビングルームに向かって行く。
「・・・。」
それを見届けた零は慌てて靴を脱ぐと、はじめの後は追わずに自室に戻った。
零の自室は部屋とも呼べない、物置のような部屋だ。昔は隣の部屋をはじめと兼用で使っていたが、はじめが「一人部屋が良い。」と言い出したために、零は半ば強引に隣の物置に押し込まれた。
物置だから小窓で、空気も少しじめじめしている。明かりも薄暗い。だが、零は家の中ではこの部屋にいる時間が唯一安心して過ごせるのだ。布団と小さなテーブルのみで、それでも少し狭く感じる部屋であったが。
せっかく帰ってきたから、一度シャワーを浴びたいと零は考えていたがそうはいかないようだ。今から布団にもぐるわけにもいかないので、小さなライトをつけて、お気に入りの絵本を読む。報われない少年と飼い犬が、最後は天使たちによって穏やかな表情で天国に連れて行ってもらうお話。一人と一匹は、とても安らいだ顔で天使様に導いてもらうのだ。
(僕にもいつか、そんな人が現れるのだろうか。)
零は漠然とそう思いながらページをペラペラとめくっていく。途中、ページが破れないように気を使いながら。
どん、どん。
そうしていると、突然扉がノックされた。
「れい、いるんでしょ?開けてよ。」
聞こえてきたのははじめの声。猫なで声で零のことを読んでいる。こういう時のはじめは従わなければ面倒くさいことになる。そうわかっている零は絵本を布団の下に隠してから、扉の鍵を開けて少しだけドアを開けてのぞき込む。
「な、なに?はじめ。」
実をいうと、零はこの声を出すはじめが苦手であった。この時のはじめに見つめられると、ぞわぞわと総毛立つのだ。
「ううん、特に用事という用事はなかったんだけど。入れてくれる?」
と、そうはじめは声音をそのままににこやかに告げると同時に部屋のドアをこじ開けるようにして部屋に入ってくる。
がちゃり。
はじめの後ろで扉が閉まる音がすると、零はああ、結局こうなるのか。とあきらめるように目をつぶった。次の瞬間には強い衝撃が来る。
「ああ、ああ、ああ!もう、なんで僕の言うことを聞かないかなぁ、おまえは、おまえは。ああ、ああ、僕が用意した人間とだけ寝ればいいのに。今回が初めてだから、少しで許してあげる。でも、もう次はないからな!」
零はとっさに背中を向けて丸くなる。少しでも体にダメージが来ないように。何度も来る衝撃に耐えながらしばらくそうしてうずくまる。そうして耐えていると、今度は零の背中にぬくもりが来るのだ。それが、終わりの合図。
「ああ、ごめんなさい、兄ちゃん。愛してる。兄ちゃん。」
はじめはそういって今度はほんとにつらそうに泣く。ごめんなさい、愛してる。と、何度も。その状態になれば、もう痛いことは無い。だから零も前を向き抱きしめ返し、こう言うのだ。
「は、はじめ、はじめ、きき、気にしないで。ぼ…、僕も、か…かか、家族として、はじめのこと………、愛しているからね。」
こころから、そう言うのだ。
少し、体に巻き付く腕に力がこもった事を感じながら零はしばらく抱き合っていた。