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天使の鎮魂歌

第9話 退院

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訳ありそうな攻め, 美形×平凡, いじめられっ子受け

地雷要素

退院日当日。零はいつも以上にそわそわしていた。帰ったら一は何を言うのだろう。両親は?そもそも帰っていいのか。どうしようもなく、むなしい気持ちになる。結局、帰りたくないといっても帰るべき場所はあの家しかないのだ。
こんこん。一人物思いに耽っていると、扉がノックされる。
「失礼します。れい君、お友達がお見えだよ。」
そう言って入ってきた医師の後ろに居たのはカナタだった。
「え…?どうして。」
そう聞いた零に、カナタが話す。
「どうしてってぇ、迎えに来てあげたんだよぉ。今日退院なんでしょ?お家かえろっか。」
「なんで、今日だけ…というか、なんでここがわかったんですか?今日が退院日なことも、どうして…。」
そう問いかける零に、医師が代わりにこたえる。
「彼、君が運ばれてきた日、治療が終わったころに病院にやってきたんだ。どうやら弟君に言われてきたらしいと聞いてね、面会は拒絶させてもらっていたのだけれど、毎日のように来ていたよ。たまに来なかった日もあるが…。よほど君のことを大事に思っているのだろうと、私たちで判断してね。伝えたんだよ。」
「そう…なんですか。」
そう話すと、医師は零に小声で耳打ちをする。
「かれ、家族ではないんだよね?でも、君のことがとても心配なようだ。」
そういうと、全体に聞こえるように、大声で話す。
「ここは、彼のお家に居させてもらうのが、いいんじゃないだろうか?本来はこんなことはしてはいけないのだけど…私からも、ご家族にはご友人に引き取ってもらったことは話そうと思うし。どうだい?」
「え、えと。先生。それは、カナタの迷惑になるし、弟が心配しているだろうから、自分の家に…。」
「ぜろくん。いやかな?」
零の言葉を遮り、カナタがそう話す。心配げなまっすぐな視線で見られているはずで。けれど、なぜか、“カナタには零しかいない”というような視線を感じる。
「あ、カナ…。」
「ゼロ君は、どうして家に帰ったの?僕といても、楽しくなかった?」
悲し気に笑いながらそうつぶやくカナタに、零はどう話せばいいか、考えあぐねる。
「楽しくなかった…わけではないよ…ただ…。」
弟が心配だったのだ。携帯の電源を入れてしまったのだ。メッセージを見てしまったのだ。

取り返しのつかないことになる気が…した。

しかし、ここは病院で、このことをいうのは危ういだろう。話すことが出来ずにまごついていれば、カナタは何かを感じたのか、何も言わなかった。代わりに「帰ろうか。」と話すと、入院中に使っていた荷物を持って、出口に向かう。
「あ、も、自分で持つよ。返して…。」
「病み上がりでしょ?これぐらい軽いし、ぼくに持たせてよ。」
「そうそう。彼の方が体もしっかりしてるし、お兄さんなんだから、持たせておきなよ。君自身のことはもちろん心配だけれど、病院なんて、来ない方がいいからね。もう来ないことを祈ってるよ。お大事にね。これからもっと寒くなる。風邪とか、インフルエンザにも気を付けなよ。じゃあ、受付まで、たかぎさん。連れていってあげて。では、私はこれで。」
そうにこやかに一方的に話し終わった後、医師はパンプスのコツコツとした音を響かせながら病室から出ていく。
「では、お二人とも、こちらになりますね。」
看護師に呼ばれてついていき、会計カウンターへと通される。
「あの、カナタ。お金は…僕の両親からもらってきたの?」
受付の、隅っこの椅子に座りながら、零はカナタへ質問する。それにカナタは首を振ってこたえる。
「ううん。僕の父からの仕送りのお金。君が、お家に帰ったのは分かったから、家に行ったら、救急車が来ていて。それで入院したことを知ったって、感じかな。」
救急車を呼ばれることなんて、君以外のことではありえないと思ったし。とぽつりと小声でカナタはつぶやく。そうすると、零に向き直って、カナタの方が迷子のような瞳をして、零へと向き直る。
「心配…だったのかな。君と、一緒にいるのは心地が良かったから、引き留めてしまったけれど、それが悪化させていたことを知って、どうしようもない気持ちになった。」
「…ぁ。」
「君が。帰りたければ、君のお家に帰ろう。」
そういうと、カナタはうつむき、黙って受付の順番を待った。
零自身も、何かを言うことはできなかった。

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