天使の鎮魂歌
番外編 名前
いじめられっ子の零は、自殺をするため、使われていない廃墟ビルの屋上にいる。
死を前にして怖くなった零がであったのは、一人の男。
その男も、どこか不思議な雰囲気で…。
ジャンルタグ
訳ありそうな攻め, 美形×平凡, いじめられっ子受け
地雷要素
深夜1時、布団の中。
カチカチと、時計の針だけが規則正しくリズムを刻む。零とカナタは二人で布団の中で静かに天井を見つめていた。
「ねえ、かなた。」
「…。ん~?なぁにぃ?」
カナタの返答に、零はカナタの方へと向き直り、天井を未だ見つめ続けるカナタの顔を必死に見つめる。
「かなたはさ、どうして僕のことを、ミチルって、呼ぶの?僕の名前、忘れちゃった?」
静かに、だけれど少し早口に。不安な気持ちを隠すように言葉を紡いだ零の、瞳を見つめ返すカナタ。
「ううん。覚えてるよ。ゼロ君でしょ?」
あっけらかんとそう答えるカナタに、それも違うけれど…。そう思いつつも、なぜか訂正できずにいる零は、小さくうなずいた。
「なんで、覚えてるなら…。」
「だって、君の名前がゼロなのは、なんだか癪なんだもの。」
まごつきながら話す零に、カナタはそう、言葉を返すと、零の方手をゆるく握る。
「君が、始まりっていう意味ならば、ゼロ君って、ぴったりだと思うけれど、君の弟君が、はじめ、でしょ?」
その言葉を聞いた零は、どきりと心臓が跳ね上がるのが分かる。
「うん、そう…だね。」
ドキドキとしながら、そう返答する零に、カナタは優しくつぶやく。
「だったら、君の名前に、何が残るんだろうって、考えたら、悲しくなっちゃって…。そんな名前は、癪じゃない。」
だからね、と、力強く、カナタは言葉を続ける。
「君の名前は、僕の前では、ミチル。理由はね。ミチルが、一君はじめくんよりも、周りの大人よりも、幸せに満ちるような人生が、訪れますようにって、僕なりのお願い事が込められているの。」
どうかな?とカナタは零の瞳を見つめる。
お互いに瞳は揺れていて、お互いに何を思っているかはわからない。
先に口を開いたのは、零だった。
「いい…。かも…。好きかもしれない…。初めて、自分の名前が、好きな物になったかもしれない…。」
よく、わからないけど・・・。とカナタから視線を外し、零はそう答える。その返事に、嬉しそうに微笑むとカナタは一層、零の手を力強く握る。
「カナタの名前は?どんな由来なの?知ってる?」
零はカナタを見上げ、語り掛ける。とたん、カナタは興味をなくしたようにそっぽを向いてしまう。
「僕の名前の由来なんかは、気にしなくてもいいんじゃないかな。」そう言ったきり、黙り込むカナタに、それでも零は語り掛ける。
「えと…。ううん。じゃぁ、僕が考えるね。」
「カナタの名前…。素敵な名前だから…。きっと…。・・。きっと、親元を離れても、幸せが訪れますように。っていう、意味だよ。両親から、かなた、遠くの方に行っちゃっても、幸せでいられるようにって、祈りがこもってるんだよ。」
その言葉が耳に届くと、カナタはびくりと、肩を震わせる。それを見止めた零はにこりと笑う。
「あ、ねぇ、もしかして、あってたの?」
「ううん。どうだろうね。」
零の言葉にカナタはそう優しくつぶやくと、それきり黙り込む。零も、それ以上は何も言うこともなく、静かに黙り込む。
もういちど、時計のリズムが部屋に響く頃、二つの穏やかな息づかいも、一緒に響いていた。